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2014年04月29日 (火) | Edit |
4月もあと残すところ2日、間もなく5月です。新緑から力強く濃く成長した緑が日本を南から覆うでしょう。美白の国出身、生粋の森の民の自分はそんな祖国の風景を思い浮かべ、すでに午前中から25度を越す現在住地の気候にゲンナリしています。ひとたび夏が始まればそれは日本でいう晩秋の季節まで続くため、私にとってこの国での夏の始まりは恐怖でしかありません。


昨日はホロコースト記念日。この日この時間だけは、イスラエル国民はどんなことをしていても手を休め黙祷を捧げます。このように走行中の車も停車します。毎年のことながらその哀悼の光景は胸に迫るものがあると感じながら、共に気持ちよい風と強すぎない朝日の中で目を閉じました。普段何につけてリスペクトのない国民性と言わざるをえないイスラエル人ですが、この時だけはいつもとは違う思いを感じます。




去年は春みたいな気候が結構長く続いたんだよな、と思い出し、次いでそんな気持ちよい初夏のイスラエルの風に送られ、去年の今頃若くしてこの世を去った日本人女性のことを思い浮かべました。

「大和屋の文さん」こと今谷文さんが脳梗塞でその46年の短すぎる生涯を閉じたのが昨年5月。10代の若きより海外で和食を作り渡り歩き、最愛の旦那様と出会いその永住の地と定めたイスラエルで和食文化のパイオニアとして活躍されました。

邦人の新年会といえば採算度外視でごちそうを振るまい、日本人の集まるピクニックがあれば本人は登場せずとも必ず立派な折り詰めが届く。誰にでも別け隔てなく、私ごとき新顔にも心を尽くしてくれた文さん。亡くなられた時は略式ではありましたが日本人会有志による会葬が行われ、国籍問わず、文さんの人柄を慕い彼女を惜しみ集まった人の数たるや、彼女がどんなに愛されていたか想像に難くないものでした。

「いま、イスラエルの大和屋っていう和食レストランの文さんって人がテレビに出てたよ~」と日本の友人からメールをもらったことがありますので、もしかしてテレビで見た記憶があるよ、という方もいらっしゃるかもしれません。和食の食材など手に入りづらいこの国で、彼女の和食に慰められた思い出を持つひとは多いと思います。


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文さんが脳梗塞で倒れて、お医者さんが会いたいひとがいたら会わせてやれと言っているらしいんだ。


この国に住む日本人の友だちからそう、文さんの容態について説明する電話が来ました。

何を言ってるんだ?だって、ほんの2週間前に日本人女性で持ち寄りパーティをしたとき、文さんおっきな折り詰め作って持ってきてくれて、一緒にお酒飲んだんだ。数日前だって、テルアビブで鮮魚が買える店を教えて欲しいとメッセージ送ったら丁寧に返事をくれた。魚を選ぶ目に自信がなければ、魚の写真を撮って送ってくれれば鮮度を確かめてあげるから、と。

やっと自分のレストランの開店費用をほとんど返し終わることができた。これからはだいぶ時間的にも余裕ができるからこうして集まりにも積極的に参加したいと言っていて、彼女は大変忙しい人でも有名だったけれど、これからはもっと会える機会があるんだと嬉しく思った矢先のことでした。持って来てくれた折り詰めは、自家製さつま揚げと寿司がどっさりと詰められいてとても綺麗で美味しかった。


到底信じられませんでしたがすぐにボニョさんに連絡をし、文さんが治療を受けている病院に向かいました。治療室に入ると沢山の友だちに囲まれ、ベッドの上でまるで子どもの様な寝顔で目を閉じ横たわる文さんがいました。その顔色を見ても気持ちよく寝ているようにしか見えず、これが意識は戻らないだろうという人か、という程穏やかな表情をしていました。隣で泣き崩れる旦那さんがいなければまるで現実味のない光景でした。

腕をさすり、文さん、疲れてたんだよね、わかるよ、休んでもいいと思う。でも、そろそろ起きないとみんな心配してるよ。と話しかけて帰ってきました。その3日後、文さんは永眠されました。


亡くなった時は彼女を知る誰もが大きな悲しみに包まれ、イスラエルのニュースサイトでその訃報が取り上げられるほどでした(Web記事はここをクリックすると別ウィンドウで開きます)。


最後に文さんと会った夜は日本人女性だけの気安さからか、それぞれパートナーとの出会いについて話していました。イスラエル人と恋愛をしてイスラエルに住んでいる日本人女性には共通点がある、イスラエル人男性の情熱に、大事なのは愛されることだと覚悟を決め海を渡ったという点だ、私たち、イスラエルに住む日本人女性は愛をとったからここにいるんだよね。と私が話すと、隣に座った友だちは「うん、うん、ほんとそうだよね!」と同意してくれましたが、文さんには豪快に「クサい!クサ過ぎるよっ!」と笑いながら突っ込まれました。でも、彼女の目はそうだね、私も同じだよと語っていたのです。


私たちが文さんを失ってからまもなく1年になります。私が持つ彼女との思い出は多くはありませんが、これからもこの季節がくるたびに彼女のことを思い出さないことはないでしょう。追悼、文さん。もう一度あなたに会いたいと願わずにはいられません。



先日終わったパスオーバー、祝日最終日はもちろんイスラエルの国民的スポーツ(?!)BBQで〆。ボニョさんは末っ子のため、炭起こし&焼き係りでございます。



義実家の立派過ぎる庭木!日光だけはタダですイスラエル。





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